馬越陽子さん
原色の飛び散るダイナミックな人物表現で知られる画家・馬越陽子さん。その馬越さんが絵の道を志してからすでに半世紀の歳月が流れた。それを記念して、このほど画文集「人間の河」が出版された。そのなかで彼女はこう述べている。
無我夢中で歩いてきたこの道で、私は一つの真理をのみ、みつめつづけてきました。二十二才の時に生涯を貫く画道の“しるべ”として書き上げたブレイク論の副題は「人間性の解放」でした。暗闇の底にあっても求めつづけることにより、訪れる光の到来によって人は解放されるという道筋は、私自身の軌跡――。そして現実の世界の動きとかさなり、アートにおける創造力を羽ばたかせることにより、人に生きる力を差し出すと信じて歩いてきました。(美術年鑑社刊、H23年10月17日)
この半世紀あまり、時代の闇は必ずしも一本調子で払拭されてきたわけではない。しかし、ここにみられる「人間への変わらぬ信念」があってはじめて、事態は少しずつだが改善されてきたのだ。
|
 |
|
辰野登恵子さん
1950年生まれで若いと思っていた辰野登恵子も、いつの間にか押しも押されもせぬベテラン作家のひとりだ。しかもいま、ややもすると等閑視される傾向にある「モダニズム」や「抽象画」の孤塁を守る、まことに頼もしい女戦士だ。
彼女にあって抽象画は、古めかしい掘りつくされたスタイルなどではない。それどころか、その本来の意味の上に辰野自身の解釈が花ひらき、いよいよ血の騒ぐ表現に近づきつつある。その様子は作品に直接触れて実感していただくとして、今回の「抽象:明日への問いかけ」展(資生堂ギャラリー)のみどころの一つは、パリのIDEM版画工房で20点近く集中制作されたリトグラフ・シリーズだろう。
油絵の粘性によってかたどられてきた自由奔放なフォルムが、はたしてモノトーンの静謐な石版でどこまで変貌していくか。ファンならずとも、思わず目を凝らしたくなる成果だ。(−H23年10月16日) |
三瀬夏之介さん
絵画のテーマはどこにあるの? このちょっとドギマギする問いかけに対し、東北芸工大日本画コースの三瀬夏之介准教授(写真右)は、「東北画は可能か」というチュートリアルな活動(個別指導の共同制作)でこたえようとしている。すでに東京、宮城、山形、青森で展覧会を開いてきている。
今回は「方舟計画」を合言葉に、11月に気仙沼のリアス・アーク美術館で発表を予定していた。「さあ、今年の夏は忙しくなるぞ」と気合をいれた瞬間、大作「方舟」の下の大地がほんとうに揺れはじめ、海岸には大津波が襲ってきたという。学生たちは余震の恐怖と闘いながら、必死になって被災地へボランティアに向かい、長期の支援をはじめる。「方舟」を描きつづける者にも、目のまえで激変していく未来への不安と焦りは隠せない。
そんななか「絵と自分が対峙すること。孤独や無情を思い知ること。このどうしようもなく隠しきれない気持ちをしっかりとトレースし、定着させて残していくこと」に思いを定め、イムラアートギャラリー東京での展示をスタートさせたという。
三瀬さんと学生たちはいま、仕上がった沢山の「方舟」をまえに「希望も絶望も無常も不安も喜びも悲しみも、全部のせて再び東北を巡業したい」と切に願っている。(H23年5月)
|
 |
|
アルフレッド・パックマン館長
パリ・ポンピドゥーセンターが総力を挙げてとり組む「シュルレアリスム展」がはじまった。わが国で催されるシュルレアリスムの展覧会としては過去最大規模で、ダリの「部分的幻覚:ピアノに出現したレーニンの六つの幻影」(1931年)をはじめ、ポンピドゥーセンター所蔵の絵画、彫刻など約170点が並べられている。
国立新美術館のオープニングでは、アルフレッド・パックマン館長(写真)や読売新聞社グループの内山斉社長などが順次挨拶に立った。そのなかでセレモニーにも出席のフィリップ・フォール駐日大使が、実はこの分野での有力コレクターであることが明かされ、展示品はどれほど魅力的であろうと決して「売り物ではない」としきりに強調された。
アートの専門家たちが、教養あふれる行政官を仲間に引き入れつつ連携している様子がうかがえて、なかなか興味深かった。他方日本サイドはといえば、文部科学省出身の林田英樹館長がひとりポツンと立っているだけ。美術館のなかだというのに、アートの専門家らしき人影はついぞどこにも見当たらないのだった。(H22年2月8日) |
近藤聡乃さん
動画のネット共有サービスYouTubeの動きが、このところ急だ。ニューヨークのグッゲンハイム美術館とタイアップして、世界中でもっとも優れた「オンライン動画」の発掘にのり出している。ビエンナーレ形式の映像コンテストは、名づけて“YouTube Play”。初めての試みに集まったのは91カ国23,000点以上の作品だ。上位25点は早速お手のもののYouTubeにのせて、グローバルに流されている。
なかで評価が高かったのは、近藤聡乃のアニメーション作品「てんとう虫のおとむらい」(写真)。NHKの「デジスタ」でお馴染みの方も多いだろう。さすがはアニメ大国JAPANの若手作家と、ローリー・アンダーソン以下11人の審査員を唸らせた。
彼女は少女時代にみた怖い夢を、いまでもしっかりと記憶している。それをモノトーンのしなやかなジャポニカ・ラインにのせ、ホラーともユーモアともつかない独得の秘めやか系動画に仕上げている。

近藤聡乃 「てんとう虫のおとむらい」2005-06年、DVD 5分38秒
美術館でのコンテスト風景はこちらから⇒ アニメーション作品はこちらから⇒
横尾忠則さん
渋谷アップリンクの劇場Xで上映中の映画「ANPO」(リンダ・ホーグランド監督)のなかで、横尾忠則さんがひさしぶりに小気味よく吼えている(写真)。『タイム』誌から佐藤栄作の肖像画を頼まれたときのこと。「これではまるで日本の首相がアメリカに、押さえこまれているみたいです。ここのネクタイの柄さえ変えれば、表紙として採用しましょう」と担当者。「でも僕はNOっていう返事をしたんですよ。だって現に首根っこを押さえられているんだもの」。表紙が吹っ飛ぶのも構わずリメイクを拒絶する態度は、相変わらず明快だ。
横尾さんがリンダ監督と初めて出会ったのは、NYのジャパン・ソサエティーである。トークショウの通訳を務めていた彼女の膝に、何かの拍子に倒れこんでしまった横尾さん。「ここ居心地いいから、ずっと座っててもいいですか?」真面目な顔で通訳したリンダ氏に、会場は爆笑の渦だった。
詳しくはこちらから⇒ 予告編はこちらから⇒
尾引浩志、岸井大輔、松原壮志郎、佐藤李青さん
東京都小金井市のJR武蔵小金井駅近くに、「シャトー小金井」というかなり大きな集合住宅があります。その2F(ニーエフ)を、東西にぶち抜いてつくられたのがアートスペースシャトー2F。洒落たReservation Room、Cafe&Shop、Office&Library、Banquet Hallの4コーナーが用意され、皆さんをお待ちしています。
そこを拠点に次々と新たなプログラムを展開しているのが小金井アートフル・アク ションのメンバーたち。事務局長の佐藤李青さん(写真右端)によると「2009年度より市内各所で70回ほどイベントをくり返してきたけど、これからはシャトー2Fに腰をすえて、芸術拠点の整備と垣根のない文化交流活動を実施していく」そうです。
グランド・オープン月間(7/3-31)の締めを引き受けてあつまったのは、左からホー メイ奏者・尾引浩志、劇作家・岸井大輔、美術家・松原壮志郎の各氏。いずれも他に類をみないユニークな表現で、文化先進地域小金井のこれからを引っ張っていくことが期待される、新進気鋭のアーティストたちです。
節子・クロソフスカ・ド・ローラさん
銀座・吉井画廊での個展のため、このほどド・ローラ節子さんが一時帰国された。並べられたのは「菊」(写真)など四季の草花に加え、パン籠、ワイン壷、コーヒーポット、果物など、彼女の日常を飾る品々の絵。アルプスの懐に抱かれた山荘グラン・シャレ(6層からなるスイス最大の木造建築物)での、穏やかな暮らしぶりを連想させるものばかりである。この日も緑のお召し物でピシッと決め、あつまった観客一人ひとりに、にこやかに対応された。みなさん思わず溜息、といったところである。(H22年2月15日)
Profile
東京生まれ。1962年上智大学フランス語学科在学中に、20世紀を代表する人物画家のひとりバルテュスと出会う。1967年結婚、ロシニエールに住む。70年代より自らも画家として活動をはじめ、欧米で個展を開催。2001年バルテュス没。翌年、バルテュス財団発足とともに名誉会長に就任する。2005年から翌年にかけて「節子の暮らし展 和の心」を開催。随筆家としても活発な活動を展開中である。
荒屋鋪 透さん
Profile
1956年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院美学美術史修士課程修了。三重県立美術館で企画された展覧会に「黒田清輝展」(1986年)、「カール・ラーション展」(1994年)、ポーラ美術館準備室のときには「グレー村の画家たち」展(2000年)などがある。現在ポーラ美術館学芸部長、グレー=シュル=ロワン市Artistes du Bout du Monde協会会員。
論文に「グレー=シュル=ロワンと明治のピクチャレスク」(三重県立美術館研究論集3号)、「グレー=シュル=ロワンの黒田清輝」(東京国立文化財研究所美術研究367号)。
著書・共著に「絵画の明治−近代国家とイマジネーション」(毎日新聞社、1996年)、「ジャポニスム入門」(思文閣出版、2000年)、「グレー=シュル=ロワンに架かる橋」(ポーラ文化研究所、2005年)などがある。
荒屋鋪さんはフランスと日本の近代美術に、独得の視点で斬りこんでいく気鋭の美術史家である。と同時に、いくつかの美術館を経験されたベテラン・キュレイターでもある。しかし、この職種に有りがちな権威・学識主義はみじんもない。アートへの初々しい興味のままに、今日も現場作業の先頭に立つ、気さくで頼もしい研究者である。
酒井忠康さん
Profile
1941年北海道余市町出身。1964年慶應義塾大学を卒業し、神奈川県立近代美術館でキュレイターデビュー。1979年幕末明治大正の版画家・小林清親を論じた「開化の浮世絵師 清親」でサントリー学芸賞を受賞。学芸課長、副館長を経て1992年館長となる。その後2004年世田谷美術館長へ転じる。2003年「海にかえる魚」で、初めて小説にもチャレンジ。
酒井さんは、勅使河原純の美術館時代の上司。類まれな豪腕で、「美術館なんか世の中にのーなってもええねゃ」と嘯(うそぶ)きながら、古今東西のアートを舞台に縦横無尽の活躍をされている。その一方で、小学校時代に書風を確立したと伝えられる書家でもある。顔真卿をこよなく愛し、一本筋の通った飄逸さが見どころ。
各館々長のほか、美術館連絡協議会の理事長をつとめるなど、文字通りわが国のアートワールドを牽引するトップリーダー。長い経験と独得の洞察力を生かし、日々美術界の難問解決のため飛びまわっておられる。 |