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ポップアップ 美の人

 

 アートの達人紹介コーナー

 

ポップアップ 美の人假屋崎省吾さん

假屋崎省吾といえば、いまや押しも押されもしない華道家の第一人者である。可憐な一輪の胡蝶蘭から白樺の大木まで、およそありとあらゆる植物を使って、辺り一帯を絢爛豪華な夢の世界に転じる手腕において、右に出る者はないといっていい。
その假屋崎氏が目黒雅叙園の百段階段を使って、16度目の挑戦に情熱をたぎらせている。いけばなはもちろんのこと、自身でデザイン・プロデュースした着物、ガラス花器などを七つの表座敷・床の間・書院造り・階段・踊り場・廊下・厠等々にところ狭しとインストールした様は、いけばなファンならずとも思わずハッと息を呑む壮観さである。
たとえば「清方の間」の一隅に生けられた、龍を想わせる蔦にのっていずこかへと運び去られる鶏頭の一群(写真)など、氏の発想の卓抜にして、いかに瑞々しいかを物語ってあますところがない。
ポップアップ 美の人極めつけは、全体が純金で出来た「黄金の牡丹」だろう。時価1億6,200万円ともいわれる華麗な作品は、いまだ誰も目にしたことのない眩(まばゆ)さのなかで、人々の視線とめぐり合う刹那を待って静かに屹立している。(目黒雅叙園 創業プレ88周年特別企画『假屋崎省吾の世界』〜H27年10月25日)





 

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中村一美さん

作品をみながら展示室の真ん中で、突然大声をあげて笑い出してしまった。チラシにあった「絵画は何のために存在するのか」とか「絵画とは何なのか」といった、常套的でひどく小賢しい問いかけに、あまりにもかけ離れた現実がそこにあったからだ。
中村一美の営為はそれほどまでに途方もなく、ある種の爽快さに満ちている。そして意味をもとめてやまないカンヴァスに対する作家の徹底したつれなさは、まるで光の速さで膨張していく宇宙空間に点々と撒き散らされた筆触が、相互に何の関連もなく、ただキラキラと煌めいて中空に漂っているようなものだ。
絵が主なのか、絵以外の広がりが主なのか。それを中村は「鳥ならざる鳥を描く」と言いい「存在は飛翔しなければならず、飛翔し得るもののみが存在である」と言ってのける。もはやそこに時空に縛られた因果はなく、従ってまた美術作品としての評価や検証のつけ入るスキもないようだ。(H26年4月5日、国立新美術館にて)



 

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山本貞さん

緑滴るような木立と、そのなかに佇む少年。一瞬ときがとまったかのような印象深い情景で知られる画家・山本貞さん。
氏は若いころアメリカに留学している。そして絵という愛しくも不可解なものと極限まで対峙したのは、まさしくその頃からといっていいだろう。画家がアリゾナの大草原や南部の退屈すぎる風景のなかで体験したのは何だったのか。アメリカ経験が決定的に欠落する私などには、まるで想像もつかない問いである。
少なくともガランとしたロフト風の大部屋に画材一式を並べてはじめられた、当てずっぽうなアート修行ではないだろう。この10月に求龍堂から刊行された「山本貞画集−光と影の讃歌−」を紐解くと、もっと深いところでこの難解な異文化に触れようとした跡がありありだ。そして画業の早くから、森や草原のなかに、やっぱり少女がひっそりと座っていたことが分かる。(写真 『五月の無言歌』1979年)いつも独りきりで、外界とはあまりしっくりいっていないらしい。
これは単なる思春期の孤独とは違うようだ。あえて言葉にするなら、懐かしさを覚えるには茫漠すぎる地平に存在し、迎えいれられぬ風景との違和感を抱えつつ、いまだ周囲と視線を合わせられずにいる状況とでもいったらいいのだろうか。
だが山本貞さんは、この居心地の悪さをあえて画面の上で解剖したり、解決してみせたりはしない。そのまま今日まで強固に保持しつづける。そのかわりわれわれに、木々の梢を通して差しこむ穏やかな陽ざしを用意してくれるのだ。まるで生の不思議、絵画の不可解を浮かび上がらせたまま、すべてが観者の心に深く染み入っていくのを、ゆっくりと待ちでもするかのように。(H25年12月13日)



 

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小林忠さん

学習院大学で長らく美術史の教鞭を執ってこられた小林忠先生が、このほど岡田美術館の館長に就任されました。岡田美術館は、この秋箱根・小涌谷に誕生した新しい美術館です。実業家・岡田和生氏が精魂をかたむけて集めてこられた元・景徳鎮窯の「青花蓮池水禽文盤」など陶磁器の名品、伝尾形光琳「椿若松蒔絵硯箱」など日本の優れた工芸品を多数展示しています。当然先生の専門分野である屏風などの絵画作品も、ガラスケースいっぱいに並べられています。
しかし、小林先生は質問に答えて「こうした古いものばかりでなく、新しい現代の作品もどんどん展示してみせていきたい」と語っていました。〈美術館とは何か〉ということについて、チラリと先生の熱い思いがのぞいた瞬間でした。




 

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日比野克彦さん

日比野克彦さんの展覧会「Hibino onside offside」が、いま川崎市立岡本太郎美術館で開かれている。日比野さんの岡本に対するオマージュの気持ちを反映してか、展示は実物の縄文土器2点からはじまる。そして海と水際に縁の深い川崎市を象徴するかのように、海中で描かれた巨大な帯状のドローイングが部屋を周回する。そのいきつく先は、ハートのマークで大震災の被害者たちを慰めようとする「ハートマークビューイング」のプロジェクトだ。
だがそうした心優しき配慮を跳ねのけて、やはり彼の本領はダンボールの荒々しくも素朴な風合いにこそ在るのだと思う。ピアノ(写真)にしてもサッカーシューズにしても、目にしたものを闇雲にダンボールへ置き換えていく暴力性は、彼の現代(アート)に対する挑戦状に他ならない。ものの本質ではなく、細部のピックアップにこだわる有り様が、それを端的にあらわしていよう。ちなみにタイトルは、熱烈に支援するサッカーから来ているという。(〜H25年10月6日)


 

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牧野邦夫さん(1925-1986)

僕は古い絵が好きだ。現代絵画は僕の魂をゆすってくれない。昔の絵は技術が凄く深くて力強く、誰にも分かって面白い。今の絵は分からない絵が多くて、こちらが劣等感を感じてしまったり、分かる絵は技術が浅くてつまらないものが多い。だが、そんな今の絵から、僕は昔の絵にない自由を教えられた。何をやってもいい、というデタラメのような自由と冒険の精神だ。写実という古い技法を使って自分を表現したいという僕の仕事も、現代の自由と冒険の心に支えられている。それがなかったら、この孤独の作業はとても続けられないし生きれない。(練馬区立美術館『牧野邦夫展』カタログ所収、H25年4月18日)



 

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山下裕二さん

宗教的哲学的内容がきわめて大きいにも関わらず、不立文字、教外別伝など称して文献(経典)に頼ることさえしなかった禅の宇宙。予備知識らしいものもない現代人にとって、そこへ分け入るのは容易ではない。白隠慧鶴(1685-1768)の数多い禅画にしても然り。一見自由奔放な画讃が示すのは、最近はやりの気軽なノリなどではない。元々コミュニケーションは不能かも、という人間存在の底に張りつく重たい命題を抱えた、必死の「民衆教化策」だ。
だが監修者の山下裕二さんはめげる様子もなく、『雙履達磨』の異様なほどでかい目玉を指差す。(左右の位置が少しずれているので、どこにいても睨みつけられている気がするのだが…)西域へ向かう僧・宋雲の前にいきなり現れた達磨。片方の靴を自分の墓に置き忘れたまま、これから懐かしい天竺へ戻るのだという。この絵のまえでわれわれは達磨(の幽霊)を鑑賞するのではなく、宋雲となって有り難いご開祖ないし白隠禅師の教えを受けるのだ。(『白隠展』Bunkamura ザ・ミュージアム、〜H25年2月24日)


 

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大坂知子さん

教員のお仕事を無事に勤め上げられた大坂知子さん。ご自身も焼物で、ヨーロッパの民家を情緒豊かにつくられるアーティストである。だが、自らの造形を追究するだけでは何か物足りないと感じられたようだ。
イタリア・ファエンツァの陶芸や友人・畑中優さんの油絵など、〈おもしろい〉、〈好きかも〉と思った作品を蒐められ、いつしか自宅は美術品でいっぱいになってしまった。
それではと、このほどGallery Tokino-Shizuku を立ち上げられた。「くらしにアート」をモットーに、主として使えるクラフト作品を扱っている。「人と人、人とモノが出会い、生まれる空気を大切に、心遊ばせる場を創っていきたい」と熱く語る姿は、以前にも増して溌溂としている。(H24年9月14日、京王線「芦花公園駅」徒歩2分 Tel・Fax 03-3307-8224 オープンの日時はお電話で)


 

山崎妙子さん

久方の 光のどけき春の日に
静心なく 花の散るらむ(紀友則)

春風に誘われて今年も、山種美術館では桜の展覧会が開かれています。花の名所・千鳥ヶ淵のそばにあったころからの恒例だそうで、タイトルは「桜さくらSAKURA 2012」。西郷孤月の「桜」(c.1901年)など、日ごろなかなか目にしない古今の名品が勢揃いした様は、さながら「みよし野の 山辺に咲ける 桜花 雪かとのみぞ あやまたれける」(紀友則)といった按配でしょうか。
それから忘れてならないもう一輪。ピンクのお召し物で、作品解説に登場された同館館長・山崎妙子氏。こちらはまた「東風吹かば 広尾の里は 花盛り」(詠み人知らず)といった風情でした。

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藤ちょこさん

自己顕示ならびに傍若無人が過剰な時代にあって、「お絵描き娘」は珍しく恥じらいを知っている。PCのなかではご覧のとおり、天衣無縫な活躍を示しながら、己については決して多くを語ろうとしない。(泣かせるねぇ)。私が「藤ちょこさん」について知っているのは、先日中野のPIXIV ZINGAROで個展「藤色」を開き、2冊目の個人誌を出したばかりの人だということぐらいだ。どうやら現役の学生さんらしい。
それにしても、ここまで透明かつ原色ギラギラの描出力を持つというのはただごとではない。空中楼閣が好きで、それも近未来の高層ビルに出現するアジアンパレスが理想のようだ。藤ちょこさんにあっては、もはや高所恐怖症すら画材の一つに過ぎないらしい。これから一体何が飛び出してくるのか。自然と期待に胸踊るのである。(−H24年3月20日) 作品はこちらから⇒


 

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馬越陽子さん

原色の飛び散るダイナミックな人物表現で知られる画家・馬越陽子さん。その馬越さんが絵の道を志してからすでに半世紀の歳月が流れた。それを記念して、このほど画文集「人間の河」が出版された。そのなかで彼女はこう述べている。
無我夢中で歩いてきたこの道で、私は一つの真理をのみ、みつめつづけてきました。二十二才の時に生涯を貫く画道の“しるべ”として書き上げたブレイク論の副題は「人間性の解放」でした。暗闇の底にあっても求めつづけることにより、訪れる光の到来によって人は解放されるという道筋は、私自身の軌跡――。そして現実の世界の動きとかさなり、アートにおける創造力を羽ばたかせることにより、人に生きる力を差し出すと信じて歩いてきました。(美術年鑑社刊、H23年10月17日)
この半世紀あまり、時代の闇は必ずしも一本調子で払拭されてきたわけではない。しかし、ここにみられる「人間への変わらぬ信念」があってはじめて、事態は少しずつだが改善されてきたのだ。


 

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辰野登恵子さん

1950年生まれで若いと思っていた辰野登恵子も、いつの間にか押しも押されもせぬベテラン作家のひとりだ。しかもいま、ややもすると等閑視される傾向にある「モダニズム」や「抽象画」の孤塁を守る、まことに頼もしい女戦士だ。
彼女にあって抽象画は、古めかしい掘りつくされたスタイルなどではない。それどころか、その本来の意味の上に辰野自身の解釈が花ひらき、いよいよ血の騒ぐ表現に近づきつつある。その様子は作品に直接触れて実感していただくとして、今回の「抽象:明日への問いかけ」展(資生堂ギャラリー)のみどころの一つは、パリのIDEM版画工房で20点近く集中制作されたリトグラフ・シリーズだろう。
油絵の粘性によってかたどられてきた自由奔放なフォルムが、はたしてモノトーンの静謐な石版でどこまで変貌していくか。ファンならずとも、思わず目を凝らしたくなる成果だ。(−H23年10月16日)


 

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三瀬夏之介さん

絵画のテーマはどこにあるの? このちょっとドギマギする問いかけに対し、東北芸工大日本画コースの三瀬夏之介准教授(写真右)は、「東北画は可能か」というチュートリアルな活動(個別指導の共同制作)でこたえようとしている。すでに東京、宮城、山形、青森で展覧会を開いてきている。
今回は「方舟計画」を合言葉に、11月に気仙沼のリアス・アーク美術館で発表を予定していた。「さあ、今年の夏は忙しくなるぞ」と気合をいれた瞬間、大作「方舟」の下の大地がほんとうに揺れはじめ、海岸には大津波が襲ってきたという。学生たちは余震の恐怖と闘いながら、必死になって被災地へボランティアに向かい、長期の支援をはじめる。「方舟」を描きつづける者にも、目のまえで激変していく未来への不安と焦りは隠せない。
そんななか「絵と自分が対峙すること。孤独や無情を思い知ること。このどうしようもなく隠しきれない気持ちをしっかりとトレースし、定着させて残していくこと」に思いを定め、イムラアートギャラリー東京での展示をスタートさせたという。
三瀬さんと学生たちはいま、仕上がった沢山の「方舟」をまえに「希望も絶望も無常も不安も喜びも悲しみも、全部のせて再び東北を巡業したい」と切に願っている。(H23年5月)


 

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アルフレッド・パックマン館長

パリ・ポンピドゥーセンターが総力を挙げてとり組む「シュルレアリスム展」がはじまった。わが国で催されるシュルレアリスムの展覧会としては過去最大規模で、ダリの「部分的幻覚:ピアノに出現したレーニンの六つの幻影」(1931年)をはじめ、ポンピドゥーセンター所蔵の絵画、彫刻など約170点が並べられている。
国立新美術館のオープニングでは、アルフレッド・パックマン館長(写真)や読売新聞社グループの内山斉社長などが順次挨拶に立った。そのなかでセレモニーにも出席のフィリップ・フォール駐日大使が、実はこの分野での有力コレクターであることが明かされ、展示品はどれほど魅力的であろうと決して「売り物ではない」としきりに強調された。
アートの専門家たちが、教養あふれる行政官を仲間に引き入れつつ連携している様子がうかがえて、なかなか興味深かった。他方日本サイドはといえば、文部科学省出身の林田英樹館長がひとりポツンと立っているだけ。美術館のなかだというのに、アートの専門家らしき人影はついぞどこにも見当たらないのだった。(H22年2月8日)


 

近藤聡乃さん

動画のネット共有サービスYouTubeの動きが、このところ急だ。ニューヨークのグッゲンハイム美術館とタイアップして、世界中でもっとも優れた「オンライン動画」の発掘にのり出している。ビエンナーレ形式の映像コンテストは、名づけて“YouTube Play”。初めての試みに集まったのは91カ国23,000点以上の作品だ。上位25点は早速お手のもののYouTubeにのせて、グローバルに流されている。
なかで評価が高かったのは、近藤聡乃のアニメーション作品「てんとう虫のおとむらい」(写真)。NHKの「デジスタ」でお馴染みの方も多いだろう。さすがはアニメ大国JAPANの若手作家と、ローリー・アンダーソン以下11人の審査員を唸らせた。
彼女は少女時代にみた怖い夢を、いまでもしっかりと記憶している。それをモノトーンのしなやかなジャポニカ・ラインにのせ、ホラーともユーモアともつかない独得の秘めやか系動画に仕上げている。

近藤聡乃のアニメーション作品「てんとう虫のおとむらい」

近藤聡乃 「てんとう虫のおとむらい」2005-06年、DVD 5分38秒

美術館でのコンテスト風景はこちらから⇒ アニメーション作品はこちらから⇒


 

横尾忠則さん

横尾忠則さん渋谷アップリンクの劇場Xで上映中の映画「ANPO」(リンダ・ホーグランド監督)のなかで、横尾忠則さんがひさしぶりに小気味よく吼えている(写真)。『タイム』誌から佐藤栄作の肖像画を頼まれたときのこと。「これではまるで日本の首相がアメリカに、押さえこまれているみたいです。ここのネクタイの柄さえ変えれば、表紙として採用しましょう」と担当者。「でも僕はNOっていう返事をしたんですよ。だって現に首根っこを押さえられているんだもの」。表紙が吹っ飛ぶのも構わずリメイクを拒絶する態度は、相変わらず明快だ。
横尾さんがリンダ監督と初めて出会ったのは、NYのジャパン・ソサエティーである。トークショウの通訳を務めていた彼女の膝に、何かの拍子に倒れこんでしまった横尾さん。「ここ居心地いいから、ずっと座っててもいいですか?」真面目な顔で通訳したリンダ氏に、会場は爆笑の渦だった。
詳しくはこちらから⇒ 予告編はこちらから⇒


 

尾引浩志、岸井大輔、松原壮志郎、佐藤李青さん

東京都小金井市のJR武蔵小金井駅近くに、「シャトー小金井」というかなり大きな集合住宅があります。その2F(ニーエフ)を、東西にぶち抜いてつくられたのがアートスペースシャトー2F。洒落たReservation Room、Cafe&Shop、Office&Library、Banquet Hallの4コーナーが用意され、皆さんをお待ちしています。
そこを拠点に次々と新たなプログラムを展開しているのが小金井アートフル・アク ションのメンバーたち。事務局長の佐藤李青さん(写真右端)によると「2009年度より市内各所で70回ほどイベントをくり返してきたけど、これからはシャトー2Fに腰をすえて、芸術拠点の整備と垣根のない文化交流活動を実施していく」そうです。尾引浩志、岸井大輔、松原壮志郎、佐藤李青さん
グランド・オープン月間(7/3-31)の締めを引き受けてあつまったのは、左からホー メイ奏者・尾引浩志、劇作家・岸井大輔、美術家・松原壮志郎の各氏。いずれも他に類をみないユニークな表現で、文化先進地域小金井のこれからを引っ張っていくことが期待される、新進気鋭のアーティストたちです。




 

節子・クロソフスカ・ド・ローラさん

ポップアップ 美の人銀座・吉井画廊での個展のため、このほどド・ローラ節子さんが一時帰国された。並べられたのは「菊」(写真)など四季の草花に加え、パン籠、ワイン壷、コーヒーポット、果物など、彼女の日常を飾る品々の絵。アルプスの懐に抱かれた山荘グラン・シャレ(6層からなるスイス最大の木造建築物)での、穏やかな暮らしぶりを連想させるものばかりである。この日も緑のお召し物でピシッと決め、あつまった観客一人ひとりに、にこやかに対応された。みなさん思わず溜息、といったところである。(H22年2月15日)

 

Profile
節子・クロソフスカ・ド・ローラさん東京生まれ。1962年上智大学フランス語学科在学中に、20世紀を代表する人物画家のひとりバルテュスと出会う。1967年結婚、ロシニエールに住む。70年代より自らも画家として活動をはじめ、欧米で個展を開催。2001年バルテュス没。翌年、バルテュス財団発足とともに名誉会長に就任する。2005年から翌年にかけて「節子の暮らし展 和の心」を開催。随筆家としても活発な活動を展開中である。

 

 


 

荒屋鋪 透さん

Profile
荒屋鋪 透さん1956年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院美学美術史修士課程修了。三重県立美術館で企画された展覧会に「黒田清輝展」(1986年)、「カール・ラーション展」(1994年)、ポーラ美術館準備室のときには「グレー村の画家たち」展(2000年)などがある。現在ポーラ美術館学芸部長、グレー=シュル=ロワン市Artistes du Bout du Monde協会会員。
論文に「グレー=シュル=ロワンと明治のピクチャレスク」(三重県立美術館研究論集3号)、「グレー=シュル=ロワンの黒田清輝」(東京国立文化財研究所美術研究367号)。
著書・共著に「絵画の明治−近代国家とイマジネーション」(毎日新聞社、1996年)、「ジャポニスム入門」(思文閣出版、2000年)、「グレー=シュル=ロワンに架かる橋」(ポーラ文化研究所、2005年)などがある。

荒屋鋪さんはフランスと日本の近代美術に、独得の視点で斬りこんでいく気鋭の美術史家である。と同時に、いくつかの美術館を経験されたベテラン・キュレイターでもある。しかし、この職種に有りがちな権威・学識主義はみじんもない。アートへの初々しい興味のままに、今日も現場作業の先頭に立つ、気さくで頼もしい研究者である。


 

酒井忠康さん

Profile
酒井忠康さん1941年北海道余市町出身。1964年慶應義塾大学を卒業し、神奈川県立近代美術館でキュレイターデビュー。1979年幕末明治大正の版画家・小林清親を論じた「開化の浮世絵師 清親」でサントリー学芸賞を受賞。学芸課長、副館長を経て1992年館長となる。その後2004年世田谷美術館長へ転じる。2003年「海にかえる魚」で、初めて小説にもチャレンジ。

酒井さんは、勅使河原純の美術館時代の上司。類まれな豪腕で、「美術館なんか世の中にのーなってもええねゃ」と嘯(うそぶ)きながら、古今東西のアートを舞台に縦横無尽の活躍をされている。その一方で、小学校時代に書風を確立したと伝えられる書家でもある。顔真卿をこよなく愛し、一本筋の通った飄逸さが見どころ。
各館々長のほか、美術館連絡協議会の理事長をつとめるなど、文字通りわが国のアートワールドを牽引するトップリーダー。長い経験と独得の洞察力を生かし、日々美術界の難問解決のため飛びまわっておられる。





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