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今回の講義でとり扱う作家は10名です。すなわちカラヴァッジョ、セザンヌ、ルノワール、アンリ・ルソー、藤田嗣治、ダリ、ファッツィーニ、オノ・ヨーコ、ボルタンスキー、川俣正。これらの作家はここ10年ほどの間に、日本の美術館でかなり大きな展覧会が開かれた人たちです。多分皆さんも実物に触れたことがあるでしょう。これは美術を考えるとき非常に大切な要件だと思います。どれだけ通信技術が発達しても、 実作品を鑑賞するというのは、やはり他には変え難い体験だからです。
社会状況や美術思潮、つまりアーティストをとりまく空気といったものがそれぞれ異なるなかで、どうやって作家の肉声・本音に近づいていくか。美術に限らずアートの鑑賞とは、つねにそのぎりぎりの境界線上を歩いていく、かなり危なっかしい行為ではないでしょうか。だからこそ、この世にたった一つの実物をみるというのは、作家本人に会って直接お喋りをすることにも匹敵する、稀有で貴重な体験なのだと思います。
それからもう一つ。人は美術全集のページをめくるように、秩序立って作家たちと出会ってきたりはしません。今回の10人は、私が25年間の美術館業務、あるいは40年近い美術評論活動のなかで偶然めぐり会ってきた人たちです。数多くの出会いのなかで、 どうして彼らが突出して気になるのか。それは私にもよく分かりません。だからこそ彼らを、気になる順番で取り上げてみようというわけです。その一見変則的なピックアップのなかに、いまの美術を考えていく上で重要な、なにかしら意味のある「問題」 が隠されているのではないでしょうか。
豊富な人生経験を持つベテランの生活者にとって、「いまの問題」は必ずしも一様ではないかもしれません。十人十色、それぞれの人がそれぞれの課題を抱えているというのが、実は本当のところかもしれません。それではアーティストたちはどうだったのか。たとえばセザンヌは光のうつろいを求める印象主義運動のなかで、ひとり敢然と立ち上がり、近代絵画を土台からつくり直そうと悪銭苦闘しています。
セザンヌ以降の作家たちはそれぞれの生き方を通して、セザンヌ流芸術観に猛烈な闘いを挑んでいったのかもしれません。たとえばアンリ・ルソーは、思索的なセザンヌにはまったく背を向け、もっと社交的な別の道を歩んでいきます。その結果アートは、 現在コンテンポラリーと呼ばれるものからエイブルアートまで、非常に幅広い領域にひろがっているわけです。
今回の機会を通して、アーティストたちのそんな真摯で激しい生き様を、皆さんといま一度追体験していかれればと考えています。ご意見ご感想などは、遠慮なくこのサイトにお寄せください。でき得る限り、ご返答させていただくつもりです。

 

・受講生の花澤様から、第1回目のレクチャーに対し温かい励ましのお言葉を頂戴しました。(5/26)

・受講生のお一人から「エクス=アン=ブロヴァンスのセザンヌのアトリエに行ってきました」といわれました。(岩野博様によると、多分世話人の西山様だろうとのこと)大変楽しそうなご様子が印象的でした。(6/9)

・今回のレクチャーでは会場に、ほぼルソーと100年違いの(1944年3月生まれの)方がいらっしゃって、まことに幸運でした。失礼な質問をしてしまった上品なご婦人の方に、 深く感謝申し上げます。(6/16)

・7月21日の講義の後、皆様で懇親会を開いていただけるとか。こうしたレクチャーでは初めてのことです。ご配慮、まことにいたみいります。(6/30)

・お蔭さまですべてのレクチャーを無事終了することができました。ことに「私のアートライフ」を
積極的にご発表いただいた岡野襄、岩野博、大坪章次郎、松田秋子、吉村直規、浅井淳、野上久子、大島喜久江の各氏には、深く感謝申し上げます。(7/28)



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